山本海苔店 山本貴大社長インタビュー|後継者育成相談協会 アドバイス事例

ファミリービジネスの事業承継において、後継者育成にお悩みの方に、アドバイスさせていただく後継者育成相談協会のLINE登録バナー

2025年には、中小企業経営者の64%が70歳以上となる日本にあって、事業承継は急務です。しかし、「どのようにすれば、大切な会社を託せる後継者に育てられるか」を考えるための、本質的な「事業承継・後継者育成ノウハウ」の整備は遅れています。

日本に数ある、価値ある企業が失われる前になんとかしたい。そんな想いから、10年にわたって事業承継・後継者育成に関わる相談を受けた経験を活かし、後継者育成相談協会を立ち上げました。

今回は、10年間事業承継に関するアドバイスをさせていただいた山本海苔店の6代目を父に持つ山本貴大社長にお話を伺い、事業承継にまつわる悩み、アドバイスを受けて解決できたことについて語っていただきました。

山本海苔店の後継者の山本貴大社長(看板前)

プロフィール

1983年1月7日生、東京都出身。2005年慶應義塾大学法学部卒、同年東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行、2008年株式会社山本海苔店に入社、仕入部配属。翌年より丸梅商貿(上海)有限公司勤務、上海環球金融中心におむすび屋「Omusubi Maruume」出店に携わる。2011年帰国後Singapore髙島屋、三越台北駅前店出店など海外事業に従事。2016年専務取締役営業本部長、2017年専務取締役営業本部長兼管理本部長、2021年7月19日代表取締役社長就任。

伝統は革新の連続。山本海苔店の挑戦の歴史

小林:今日は、お忙しい中ありがとうございます。最初に、御社のご紹介からいただいてもいいですか?

山本様:山本海苔店は1849年(嘉永2年)の創業以来、ずっと海苔ひとすじでやってきております。1869年(明治2年)に世界初の味付け海苔を発明したり、海苔の一番大きなサイズを縦横21cm×19cmと定めたのも、弊社の3代目山本 德治郎でした。

当社の看板商品は、オレンジ色の缶に入った「梅の花」。そして、味付け海苔のパイオニアということで「海苔だけでも食べていただける味付け海苔」の開発に取り組んでいます。一般的な醤油ベースの味たれだけでなく、お客様の多様なお好みに合わせ、梅風味やおかか味、わさびがついた海苔などもつくっています。

小林:長い歴史の中で、代々革新を続けておられたんですね。

山本様:そうですね。創業者はもちろんですが、2代目が味付け海苔を発明し、3代目が海苔の定形を決め、4代目になって初めて支店を出し、5代目のときに百貨店という船に乗って急拡大。そして私の父親が6代目、私が2021年7月に社長となりました。

小林:ちなみに、代々受け継がれている「德治郎」の名前は?

山本様:初代德治郎の名前を6代まで襲名してきましたが、先代が亡くなって初めて引き継がれるんです。これまでは、先代の死去、襲名、新社長就任という流れでした。そういう意味では、先代存命での社長交代は初めてなんです。

山本海苔店の後継者の山本貴大社長(海バック)

「変えるのは少しずつ」体験に基づいたアドバイス

小林:そうだったんですね。さて、山本さんとは、10年ほど前から様々な場面で交流を持たせていただいています。

山本様:先輩後継者として、数々のアドバイスをありがとうございます。

小林:こちらこそです。自分から伺うのは気恥ずかしいのですが、特に記憶に残っている助言があれば教えていただけますか?

山本様:一番印象に残っているのは「後継者は、一気に変えすぎてはいけないよ」という言葉でした。会社は少しずつしか変わらない。一気にひっくり返そうとすると社内に亀裂が生まれるし、地道に動いていれば、徐々に変化の許容度は上がっていくから。と、常に助言いただいていた気がします。10年前は、父親の世代が行っている事への違和感しかありませんでしたから。

小林:確かに、後継者の方にお話する機会があると、「本当は180度変えたくても、まずは0.1度ずつ。変わらなかったら、とりあえず時間を置く」といったことはお伝えしますね。

山本海苔店の後継者の山本貴大社長と、銀座英國屋3代目の小林

「長年培ってきたもの」を中心に据えた理念が社員をまとめた

小林:御社の経営理念「よりおいしい海苔を、より多くのお客様に楽しんでいただく」は、「まずは0.1度ずつ」の好例だと思います。

山本様:そうですね。社員みんなでアイデアを出しあってつくった経営理念です。みんなでつくった分、抽象的な言葉になり、最初は正直「本当にこれでよかったのか」と少しモヤモヤすることもありました。外部のコンサルティングを入れ、お客様を含めたステークホルダーにヒアリングして……という流れだと、おそらく違うものができただろうなと考えたり。

小林:現状に危機感を感じている後継者が、経営理念やパーパス、ミッション、ビジョン、バリューを独断でつくると、代々受け継がれてきた風土や事業内容から逸脱し、社内が混乱してしまうケースはよく見受けられます。

でも、山本さんは経営理念をみんなでつくった。「今までやってきたことの明文化」にとどめたからこそ、社内がまとまってきたのでしょうね。

山本様:そうだといいですね。まさに、経営理念を定めようと決めたのは、「会社がひとつになっていない」という危機感からでした。

山本海苔店は5代目のときに、百貨店とのお付き合いを始めました。当時は高度経済成長期。お中元・お歳暮市場の広がりとともに売上は右肩上がりでしたが、バブル崩壊とともに売上は急落してしまいました。

市場の縮小で危機感を覚えた当社も、海外事業室や、百貨店以外を担当する量販部をつくって販路の拡大に努めてきました。しかし、よい時代を体験した社員の多くが「百貨店で販売されていることが、山本海苔店のプレステージ(名声)を高めている」と信じているんです。百貨店担当の社員が、海外事業室や量販部の社員に「百貨店やお中元・お歳暮の売上が戻ったら、お前らなんて要らないんだから」と酷い言葉をかけたこともあったようです。

小林:よくある話ですね。花形部門とそれ以外との軋轢というか……。

山本様:どうにか、社内一体となって進んでいきたいと経営の勉強を重ね、まず経営理念を定めようと決めたんです。

経営理念を社員みんなで定めたのは、結果的によかったです。「より多くのお客様に楽しんでいただくなら、新たなお客様に出会う機会をつくるのは当たり前だ」と、社内の意識が変わっていったんですよね。

例えば、お中元・お歳暮市場は縮小していますが、ハロウィンや母の日・父の日といった「ギフト市場」は年々拡大しています。「より多くのお客様に海苔をお届けするには、母の日に贈りたい! と思っていただかないといけないよね」と伝えると、納得感を持って、販路開拓へと動いてくれるようになりました。新たな企画が持ち上がっても、経営理念から外れていないかと各自が考え、判断できるようになったのは大きかったです。

山本海苔店の経営理念・行動指針
ファミリービジネスの事業承継において、後継者育成にお悩みの方に、アドバイスさせていただく後継者育成相談協会のLINE登録バナー

看板商品の変革こそ、時機を見極めてじっくり進める

小林:マーケティングの4P(Price:価格戦略、Place: 流通戦略、Product: 商品戦略、Promotion: 販促戦略)で言うと、Product(商品戦略)で近年取り組まれたのが、看板商品である「梅の花」の個包装でしたよね。

山本様:「梅の花」の個包装は、入社以来ずっと考えていましたが、いきなり手をつけると「また後継者が出しゃばって」と反発されかねない。タイミングが来るのを待ちました。

個包装に取り組みたかった理由は、PriceやPlaceを変え、新たなお客様と出会うため。百貨店から飛び出して空港やサービスエリアで購入いただくには、その場にふさわしい価格があります。缶入りの「梅の花」は5,000円から15,000円という価格帯ですが、気軽に手に取りやすい1,000円から2,000円の商品を充実させるためにも、パッケージから見直そうと。

小林:個包装計画はじっくり進めたそうですが、社内で反発はなかったんですか?

山本様:「15,000円でも喜んで買っていただける『梅の花』を、なぜ1,000円、1500円で売ろうとするのか」といぶかしがる社員の説得には時間がかかりました。

加えて、Promotionも今までは中元歳暮で売る為には「高級」と謳っていれば良かった。しかし、お土産品や日常使いに入り込んでいくには「海苔の健康効果」や「特別なおいしさ」、「海苔の使い方」を積極的に伝えなければいけませんしね。

山本海苔店の梅の花

小林:諸刃の剣で怖いですよね。PR項目が増えるほど「高級」というワードが目立たなくなり、これまで培ってきたキャラクターが薄れていくような。

山本様:そうですね。ブランド価値を損なう不安はありながらも、お客様との接点を増やしたいという想いは強く、経営理念と数字を両方使って社員を説得しました。「梅の花」が当社の財産だからこそ、必死でした。でも、説得の過程で気付いたことがありまして。

小林:え、どんなことですか?

山本様:ある日の会議中、「あれ、社員みんな父(6代目社長)の顔色を伺ってるな……」と(笑)。脱・中元歳暮戦略についての説明を受け、ほんの一瞬、眉をひそめた父の表情を、社員は見逃さないんです。その会議の後、脱・中元歳暮戦略に傾いていた社員の決意がぐらぐら揺れているのがわかりました。

僕は、初めに説得すべきターゲットを間違えていたのだと知りました。まず、現経営者だったんです。そこからは、父と僕が考える戦略について書き出し、相違を一つひとつ確認していったり、父が感じてきた課題の解決に、一緒に取り組むように心がけてきました。

小林:会社が長く続いているほど、後継者が入社したときに社内にいらっしゃるのは、先代と仕事をしてきた、もしくは先代が採用された社員の方ばかりですよね。社内の混乱を避けるにも、先代との戦略のすり合わせは重要なんですね。

私も、事業承継アドバイスをさせていただく際に「先代との対話は必須」とお伝えします。

山本海苔店の後継者の山本貴大社長(店舗前)

中小企業の基盤は、社員の「会社愛」と「仕事に感じる誇り」

山本様:ここまでの話だけでは、当社が事業承継も順調に進められた素晴らしい会社のように聞こえてしまいますが、コロナ禍もあり、正直経営状況は厳しいです。そんな中、僕が社長になって初めて、社員に経営状況を明らかにしたんです。

社員への経営状況の公開について、当初、父は強く反対しました。「そんなことしたら、社員が不安になって辞めてしまう。ダメだ」と。「そんな柔な社員じゃないから。一緒に頑張ろうと思ってくれるはずだ」と説得したのを覚えています。社員には現実を伝え、「だから、みんなとこの先、このように頑張っていきたいんだ」と説明して、なんとかついてきてもらっています。

小林:「現況を明らかにする」という判断は、御社だから成功した可能性があります。御社の社員の方にお会いすると、「山本海苔店に勤めている誇り」や、会社への愛情を感じるんです。だからこそ、社員のみなさまが「会社のために自分たちが頑張る」という気持ちで結束できたのではないでしょうか。

山本様:確かに「山本海苔店愛」は、多くの社員が抱いてくれていると感じます。社員にとっては居心地がよく、のんびりした社風なだけかもしれませんが…。ゆくゆくは、自己実現の欲求を満たせるから山本海苔店愛を感じられるような会社になれたらと思いますが……。

小林:もちろん、成長を実感できたり、チームワークで自己実現できる会社であることは重要ですが「ここで働いているという誇り」は、中小企業の永続にとっての鍵ですし、得難いものです。特に、ベテラン社員が誇りを持って働かれている企業は強いですよ。

山本海苔店のおつまみ海苔

家業の事業承継の支えになるのは、経験者のアドバイス

小林:最後に、後継者として成長するために役立ったことがあれば教えていただけますか?

山本様:一般的には、例えば、MBAや中小企業診断士の取得、企業や組織が主催する勉強会への参加などですよね。ただ、自分にとっては……5年以上お世話になっているコーチの存在が大きいです。コーチとの出会いは、父から「いろいろ教えてもらい、相談相手になってもらってはどうか」と推薦されたことがきっかけです。

小林:お父様の推薦なんですね。ご自身で見つけた経営コンサルやコーチをつけている後継者の方も多いですが、現 経営者の方針とぶつかりやすく、社員が戸惑ってしまうという話はよく伺っていたので驚きました。

山本様:コンサルタント選びで難しいのは、事業承継を実際に経験している方が少ないことですよね。先代についてきた社員を引き継ぐだけでなく、家業の事業承継は、家族間の問題が深く関わります。そういった環境を無視して、単に良い経営手法を取り入れただけでは対応できないことが多いです。やはり、事業承継の経験がないと、アドバイスは難しいのかなと思います。

その点、小林社長は家業の事業承継を経験されているので、生々しいアドバイス(笑)を論理的にいただけるのでありがたいです。

小林:親子で会社経営や事業について話すのは難しい時もあります。手前味噌ですが、そういうときは、事業承継経験者の第三者が入れるのはおすすめですね。第三者に語るという形式をとって親子で意見を伝えあえますし、第三者に話をまとめてもらうことで課題を客観的に見つめられます。

山本様:自分が最初できなかったという自省もあって、事業承継で悩む後継者に会うと「一度、現 経営者の方針でやってみなさい。1年で変わるよ」と伝えたいですね。

小林:そうですね。現 経営者が後継者に対して感情的になるのは、自分たちが大事にしてきた物事を否定するように、新しいことばかりやりたがって見えるとき。できれば、感情的な喧嘩は避けて、まずは現 経営者の方針を知り、一緒に課題を解決するという期間を設けて動いてみるのはいいですよね。

山本様:まさにそうですね。小林社長には、ご自身の経験を元にたくさんのアドバイスをいただきました。そのおかげで、今は父とも「仲良すぎ!」と周りに言われるほど良好な関係で、事業承継も行うことができました。

でも、まだまだ取り組んでいきたいことがたくさんあります。今後とも、よろしくお願いいたします。

山本海苔店の山本徳治郎会長・山本貴大社長
山本海苔店_山本徳治郎会長・山本貴大社長
(ご提供:一般社団法人智慧の燈火プロジェクト事務局)
ファミリービジネスの事業承継において、後継者育成にお悩みの方に、アドバイスさせていただく後継者育成相談協会のLINE登録バナー

監修者

オーダースーツ銀座英國屋 代表取締役社長 小林英毅

後継者育成相談協会 会長 小林英毅(オーダースーツ銀座英國屋 3代目)

1981年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。
オーダースーツ銀座英國屋の3代目社長。
一橋大学MBA・明治大学MBAにてゲスト講師。

今、日本では、「中小企業の事業承継が国の問題」とされ、国も、様々な施策を作り、事業承継の後押しを進めています。
そして、2025年には社長の64%にあたる方が、70歳以上になってしまい、廃業も進み、約650万人の雇用・約22兆円ものGDPが失われるともいわれています。
しかし、一向に、本当に必要な事業承継・後継者育成ノウハウが整備されていません。
私は、このままでは、事業承継・後継者育成の問題は解決されず、日本の「価値ある企業」が無くなってしまうと危機感を感じています。
このため、銀座英國屋の経営と並行して10年にわたり、事業承継・後継者育成に関わる相談を受けてきた者として、後継者育成相談協会を立ち上げました。

後継者育成相談協会|トップへ戻る